2008年07月18日
野茂英雄殿

野茂英雄殿
野球を通して、誰もが「夢を実現できる」
その姿を、海の向こうから見せてくれて涙が出ました。
野茂さんの無言のメッセージ、どれほど勇気を貰ったか。
プロジェクトが前に進まず苛立ったとき
意見が対立して反対派と向き合えなかったとき
チームがバラバラで目標達成が難しいと感じたとき
こんな仕事で悔しい思いをしたときに
野茂さんの雄志が支えになりました。
本当にありがとうございます。
1995年、新人王獲得
1996年、第1回目ノーヒットノーラン達成

2001年、第2回目ノーヒットノーラン達成

2005年、日米通算200勝達成

自分の志を貫く強さ、道を切り拓く真っ直ぐさ
ブレたとき、いつもこのアルバムを開いてきました。
大阪の堺の地に帰ってこられたとき
一緒にお酒を飲める日が来ると思っています。
その時、精神支柱にしてきたこの記事と共に
目標達成するための心構えを聞かせてください。
1996年、日米野球で凱旋帰国
米国代表として日本のマウンドに立つ

自分次第で、夢は叶う!
スポーツって素晴らしい!
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野茂とイチローというアメリカで活躍する最高の選手の育て親が、
仰木監督だった、ということ。
野茂もイチローもそのフォームは一般的ではなかった。批判的な
指導者が大半のなかで、2人の力を仰木さんは見抜いていた。
野茂は高校野球の頃も通じて無名で、しかも野球部でひどいいじめ
にあっていたという、これは落合監督の話もたまたま読んだのだけど
同じようにアマチュア時代に脚光をあびていなくてかつひどいいじめ
にあっていた。
高校野球は高校スポーツの中で特別扱いされてTVで放送され、そして
そのスポーツ精神がしばしば美化される。
しかし、その実体はけっしてそんなものではないではないか、と感じて
しまう。
野茂は変わったスタイルのフォームを持っていたが、そのスタイルを
自身で守ろうとし、また仰木さんという眼力のある人に恵まれて
すばらしいピッチングを通し続けた。
しかしこれは稀な例かもしれないということ。
世の中には、フォームを強制的に変更さぜられて、実力を発揮できなく
なった子供たちが非常に多いかもしれないと感じる。
野球だけでなく、またスポーツにも限らず、全ての世界で、無能な指導者や
リーダーがいて、変わったスタイルもっているが有能である人材を多くつぶして
いるのではないか